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人的資本投資とは?重要性を増す背景・メリット・取り組みのポイントについて解説
執筆者:茅原淳一(Junichi Kayahara)
コーポレートガバナンス・コードの基本のキ
~概要と基本原則を解説~
コーポレートガバナンス・コードの「基本的な概要」と「基本原則」にフォーカスして紹介
人的資本に関する情報開示の要求は国際的にも広まっており、アメリカなど一部の国ではすでに上場企業に対して情報開示が義務化されています。
また、日本でも2023年3月期決算から、上場企業に対して人的資本開示の義務化が決定されました。
この記事では、人的資本投資が重要性を増す背景や人的資本投資を行うメリット・取り組みのポイントなどを解説します。
人的資本経営については、こちらに記事もご参照ください。
⇒ISO30414とは?注目された背景・目的・具体的内容・情報開示のポイントを解説
⇒人的資本経営とは?注目される背景・重要な3つの視点と5つの要素について解説
⇒人的資本開示の義務化とは?情報開示のポイント・開示が求められる領域について解説
⇒人的資本の情報開示例|情報開示のための手続き・国内企業の開示例について解説
⇒人的資本経営コンソーシアム|組織の概要・設立同期・発起人が属する企業について紹介
⇒人的資本ROIとは?概要・情報開示を実施している企業の事例について解説
目次
人的資本投資とは
人材への投資とは、企業が従業員に対して資本を投じることを指します。人材を資本として考え人材に投資するという考えを取り入れた経営を人的資本経営と称します。
かつて、組織内の人材は「人的資源」と呼ばれ、資源は消耗されるものとして考えられ、企業においては従業員の育成や維持にかかる費用を主に「コスト」として考える傾向がありました。
しかし、近年ではこの従来の考え方に変革が生じつつあります。組織は従業員を、あくまでコストではなく、投資対象と捉え、その成長と発展に資本を投じるべきだという考え方が広がってきました。
人材への投資が注目される理由は、中長期的な効果にあります。従業員に投資を行うことで、能力が促進され、新たな価値を生み出すことに繋がり、最終的には企業の業績向上に寄与するとされています。
従業員のスキルや知識の向上は、業務の効率化や品質向上に繋がります。スキルアップした従業員は、より高度なタスクやプロジェクトに取り組むことができ、企業全体の競争力を高める要因となります。
さらに、従業員への投資は、組織内でのモチベーション向上や働きがいの向上に寄与します。従業員が自身の成長と発展に注力できる環境では、生産性が向上し、離職率が低下する傾向があります。
これにより、人材の定着率が高まり、組織全体の安定性が確保されます。人材投資は企業のリーダーシップとイノベーションを促進する役割も果たします。従業員は、新しいアイディアやアプローチを積極的に提案し、組織の成長に貢献することが期待されます。
人的資本経営については、こちらの記事もご参照ください。
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人的資本投資が重要性を増す背景
人への投資が現代の経済において重要視される背景には、「新しい資本主義」という考え方の普及、生産性の向上、働き方の変化など、さまざまな要因が影響しています。
2000年代までの経済界では「新自由主義」が主要な思想であり、市場原理主義が主要な基盤とされ、市場における競争が経済の成長と個人の自由を促進する手段と考えられていました。このアプローチにより、多くの国々が経済成長を達成し、国際的な競争力を高めることに成功しました。
しかし、一方でこのアプローチによって、格差の拡大、環境への負荷、社会的不平等など多くの課題をもたらしました。経済的な成功と社会的な課題の増大というジレンマが浮上し、これに対処する必要性が高まりました。
「新しい資本主義」では、経済成長だけでなく、社会的な側面や環境への影響も考慮に入れた持続可能な経済活動が求められています。
そこで、現在日本では、「新しい資本主義」の考え方を取り入れ、様々な課題や問題に対処するために人への投資を重要視しています。人への投資は経済の成長と社会的課題の解決に向けた鍵とされています。
新しい資本主義では、生産性を向上させるためには労働力の流動性を高める必要があるとされており、人への投資を通じて人材の育成を強化し、キャリアアップやスキルアップを促進することが望ましいとされています。
特に成長分野であるIT業界においては、高度なスキルと知識を持つ人材の需要が高まっていますが、人手不足も同時に深刻な課題となっております。昨今の日本では、デジタル競争の激化や新型コロナウイルスの蔓延を背景に、デジタルに関する学び直しを中心としたやリスキリングやリカレント教育の必要性が増しています。
リスキリングとは、現状の業務で必要とされるスキルが大幅に変わった場合やキャリアチェンジをする際に新しいスキルを身につけることです。また、リカレント教育は、一生涯にわたって学び続け、スキルアップやキャリアの発展を実現するために、仕事と同時に教育を継続的に受けるアプローチを言います。
この課題の対処として、新しい資本主義の理念に従って、人への投資を通じて十分な労働力が供給され、そして供給された労働力が均等に異なる分野や企業に分散配置されることが期待されています。
人への投資は新しい資本主義の背景で、経済の成長と社会的課題解決に向けた重要な要素となっています。経済活動において、生産性向上と社会的側面を両立させるためには、従業員や労働力への投資が不可欠といえます。
人的資本投資を行うメリット
人的資本投資が重要性を増す背景について具体的に説明をしていきます。
・生産性の向上への期待
・優秀な人材の採用
・充実した職場環境の整備
・成長機会の提供
・ベースアップ
・社員の健康ケア
生産性の向上への期待
現代のビジネス環境は急速に変化しており、この変化に適応し、革新的なアイディアを生み出すことは、企業が競争力を維持し、市場でシェアを獲得するために不可欠といえます。
従来の方法にとらわれず、新たなアプローチで価値を創造し、生産性を向上させることができる人材が、企業にとって非常に重要とされています。
内閣府の調査によれば、企業が人的資本投資を1%増加させた場合、全企業群の平均で生産性が約0.6%向上する可能性が示唆されています。
優秀な人材の採用
積極的な人的資本投資への取り組みは、優れた人材の獲得に寄与することが期待されます。人的資本投資は、必要な教育機会の提供に留まらず、能力の開発、従業員のエンゲージメント向上、働きやすい環境の整備、多様な人材が活躍できる制度の構築などを含みます。
自己学習やキャリア開発を導入した職場環境は、従業員や求職者にとって魅力的な場所となります。また、優れた外部の人材を採用することで、組織に新しい価値観、知識、スキルがもたらされ、組織の刷新と成長が促進されます。
提供される学習機会と外部からの人材の導入は、多様性と革新をもたらし、変化に対応できる強力な組織を育成する重要な要素となります。
充実した職場環境の整備
充実した職場環境の整備は、従業員のエンゲージメントを高め、生産性の向上が期待できる重要な取り組みです。
働きがいを感じられる環境を整えるだけでなく、異なる特性や条件を持つ従業員が快適に働ける職場を構築する必要があります。
テレワークやリモートワークの選択肢の提供や兼業や副業の推奨、個々の関心に合った職種やプロジェクトへの参加の機会提供など幅広い職業選択の提供、育児や介護時のフレキシブルな働き方の導入などが挙げられます。
これらの取り組みは、従業員の多様なニーズに対応し、職場全体のエンゲージメントと生産性を向上させ、企業の成功に貢献するといえます。
成長機会の提供
従業員の成長の機会を提供することは、リスキリング・リカレント教育や研修、学習機会などを通じてスキル向上をサポートする重要な要素です。
従業員のスキルアップは、生産性の向上や労働人材の流動化が加速するため、競争力を維持するために不可欠といえます。
従業員の成長とスキルアップのための投資、つまり「人への投資」が必要です。
ベースアップ
給料のベースアップも、人への投資として効果的です。リスキリング・リカレント教育や研修、学習機会を充実させたとしても、給与や職場環境に不満を持つことで、転職リスクを高めてしまうことは避けたいです。
給与のベースアップや職場環境の改善を通じてエンゲージメントを向上させることで、優秀な人材が組織を離れる可能性を低減できます。
持続的な企業成長を目指す場合、適正な賃金を提供することは非常に重要です。
社員の健康ケア
社員の健康ケアを行うことは、快適な職場環境の構築やエンゲージメント向上につながります。
従業員の健康維持や増進は、生産性の向上だけでなく、企業のイメージアップにも期待できます。健康経営の指標やデータを参考にして、健康に関する取り組みやその成果を社内外に積極的に発信することは非常に重要です。
健康に関する施策の目的や組織内の体制、具体的な取り組み内容とその成果などをまとめて公表することは、投資家や顧客からの企業イメージの向上に寄与します。
また、従業員が経営成績を把握することで、追加の施策の認知や経営陣への信頼の向上も期待できます。
人的資本投資の取り組みポイント
人的資本投資に取り組むポイントについて具体的に説明します。
・社員のスキルアップへの投資
・社員のエンゲージメント向上への投資
社員のスキルアップへの投資
従業員のスキル向上への投資は、人的資本投資の中でも特に企業にとって重要と言われています。従業員が新たなスキルを習得し、より高い能力を発揮できるようになることは、企業価値を高め、持続的な成長に貢献します。
ここで人的資本投資が重要性を増す背景でも触れた、リスキリングやリカレント教育が従業員のスキルを高めるために重要な役割を果たします。
特に、特にデジタルに関するスキルは、現代のデジタル人材不足の背景もあり、非常に重要視されています。急激に変化するビジネス環境や多様な価値観に対応するために、リスキリングのサポートが必要不可欠といえます。
また、組織の創造性を高め、新規事業にもつながるイノベーションを促進していくためにリカレント教育が効果を発揮する場面も考えられます。したがって、組織としてリスキリングおよびリカレント教育を推奨する仕組みを整えることが、持続的な成長と企業価値の向上につながっていくでしょう。
社員のエンゲージメント向上への投資
従業員エンゲージメントは、従業員が会社や組織に対しての愛着や忠誠心を持ち、仕事に対する意欲や情熱を高めることを指します。
高いエンゲージメントを持つ従業員は通常、より生産的であり、組織全体の成功に貢献します。従業員のエンゲージメント向上に投資することで、従業員の創造性や自発的な行動を促進し、イノベーションの推進や生産性の向上を期待できます。
エンゲージメントを高めるためのアプローチとして、キャリアカウンセリングやコーチングが挙げられます。内面的な要因である価値観や感情に焦点を当てることは、エンゲージメントと生産性の向上に寄与します。
タレントマネジメントとは、従業員の能力やスキルなどの人材情報を、採用や配置、育成に取り入れて、従業員のパフォーマンスを最大化しようとする取り組みです。
個々の従業員に合わせた配置や成長計画を立案することにより、従業員のパフォーマンス向上のほか仕事の満足度やエンゲージメント向上も期待できます。
人的資本経営コンソーシアム
「人的資本経営コンソーシアム」は、一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏を含む7名の発起人により設立され、2022年8月25日に設立総会が開催されました。
このコンソーシアムの目的は、人的資本経営に関する実践活動、情報共有、企業間の協力、情報開示の検討を通じて、日本企業の持続的な成長と企業価値向上を支援することです。
経済産業省や金融庁もオブザーバーとして参加し、投資家との対話も行っています。このような取り組みにより、日本企業が積極的に人的資本への投資を行っていることをアピールし、国際市場での成功に向けた資金調達を促進する一助となることが期待されています。
人的資本経営コンソーシアムについては、こちらの記事もご参照ください。
⇒人的資本経営コンソーシアム|組織の概要・設立同期・発起人が属する企業について紹介
まとめ
ここまで、人的資本投資が重要性を増す背景や人的資本投資を行うメリット、取り組みのポイントなどを解説してきました。
本記事が、ベンチャー・スタートアップ企業の経営者・ガバナンス・人的資本に関する担当者の方のご参考になれば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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この記事を書いた人
共同創業者&代表取締役CEO 茅原 淳一(かやはら じゅんいち)
慶應義塾大学卒業後、新日本有限責任監査法人にて監査業務に従事。 その後クレディスイス証券株式会社を経て2012年KLab株式会社入社。 KLabでは海外子会社の取締役等を歴任。2016年上場会社として初の信託を活用したストックオプションプランを実施。 2015年医療系ベンチャーの取締役財務責任者に就任。 2018年よりSOICO株式会社の代表取締役CEOに就任。公認会計士。