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コラム
スキルマトリックスとは?内容や目的、作成方法などを紹介
近年では、取締役会での積極的な「スキルマトリックス」の公表が、さまざまな企業で行われています。スキルマトリックスの注目度は高くなってきており、特にコーポレートガバナンスの強化において作成は必須ともいわれています。
とはいえ、経営者によっては、スキルマトリックスをどう作成すべきか分からないケースもあるかもしれません。
今回は、スキルマトリックスの背景や目的、必要な項目作成のポイントや注意点などについて紹介します。実際に企業が開示しているスキルマトリックスの事例も紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。
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目次
スキルマトリックスとは何か?
ここではスキルマトリックスとは何か、スキルマトリックスが誕生した背景とあわせて、その概要について解説します。
スキルマトリックスとは
スキルマトリックスとは、取締役会を構成する各取締役が保有しているスキルを、一覧表の形でまとめたものを指します。
スキルバランスを可視化することで、会社が抱える課題を解決するために必要な経営機能が備わっているかどうかを、外部から判断しやすくなるメリットがあります。
スキルマトリックスが登場した背景
スキルマトリックスが登場したのは、2010年。当時米国の一部の企業で導入したのが始まりでした。
2000年代後半の国際金融危機後、北米を中心に取締役の素養・経験のバランス、及び取締役会等の機能を客観的に確認する風潮が高まったのです。
日本では2016年に日本取引所グループで取り入れられ、現在は東証一部上場企業において、時価総額上位500社のうち、20社がスキルマトリックスを導入しています。
スキルマトリックスが国内で注目された背景として、2015年に施行され、2018年と2021年の2度に渡って改訂されたコーポレートガバナンス・コードの内容から大きな影響を受けたことにあります。
改訂版コーポーレートガバナンス・コードにおいて、企業は経営戦略と照らし合わせて、各取締役のスキルを特定し、多様性を確保する必要があると言及されています。そのため、取締役の選任に関する方針・手続きとあわせてスキルマトリックスを開示することが求められているのです。
スキルマトリックスの一例
スキルマトリックスは、実際に作成すると以下のような表になります。
取締役 | 企業経営 | 製造技術 | マーケティング | 財務 | IT | 人事労務 | 法務 | ESG | グローバル経験 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
a氏 | ● | ● | |||||||
b氏 | ● | ● | ● | ||||||
c氏 | ● | ● | ● | ||||||
d氏 | ● | ● | ● |
縦軸に取締役の氏名を、横軸に企業が必要と考える経験や素養を記載し、各々が貢献できると判断される経験・素養に●を付与していきます。
ただし、空欄は必ずしも経験・素養がないというわけではなく、●は該当取締役が特に顕著に貢献できる経験・素養という前提です。
このように、取締役会のメンバーが持つ素養を一覧で見ることができれば、誰がどの分野において強みを持っているか瞬時に把握でき、さらには取締役会全体として長けている分野まで分かります。
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スキルマトリックスを公表する目的
スキルマトリックスの有益性についてはこれまでに述べてきたとおりですが、ではなぜ企業はスキルマトリックスを公表するのでしょうか。
理由は大きく分けて2つあります。
- 1. ステークホルダーへの情報開示
- 2. 取締役会におけるバランスの適正化
1. ステークホルダーへの情報開示
「コーポレートガバナンス・コード」の原則3-1(iv)において、「経営陣幹部の選解任」「取締役・監査役候補の指名」に関する主体的な情報開示を行うべきことが指摘されています。
取締役のスキルが一目瞭然でわかるスキルマトリックスを公表しておけば、取締役を選任・解任するときの理由付けも説得力のあるものになるため、公平な視点で経営を進めることができるのです。
また、スキルマトリックスがあれば、株主が今後の投資を判断する際の基準にもなるため、「責任ある経営」の実現を促す効果もあります。
2. 取締役会におけるバランスの適正化
取締役が持つスキルを公表することで、バランスの適正化を図る狙いもあります。「コーポレートガバナンス・コード」の原則4-11にある、取締役会におけるスキルのバランスや多様性を確保するという原則を満たすには、スキルマトリックスの公表が有用なのです。
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日本企業のスキルマトリックス開示状況
スキルマトリックスを開示することは大きな意味を持っていますが、日本企業の開示状況はどのようになっているのでしょうか。
日本で最初にスキルマトリックスを開示した企業は日本取引所グループで、2016年に開示されました。3年後の2019年には時価総額上位500社中20社が、2020年にはそこからさらに約2.5倍の49社まで増加していました。
現在は、ソフトバンク、ソニー、東京海上、ニトリなどが、スキルマトリックスを開示しています。例として、ソフトバンクとニトリのスキルマトリックスへのリンクを以下に貼っておきます。
「取締役および監査役のスキルマトリックス」(ソフトバンク)
「実効性のあるコーポレート・ガバナンス」(ニトリ)
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スキルマトリックスの項目
スキルマトリックスには、取締役会が必要とするスキルを項目として挙げています。企業によって異なりますが、ここでは主な項目について解説します。
企業経営
会社全体の経営方針を判断するうえで、最も重要となるスキルです。
取締役会は企業に関するすべての意思決定を行う場でもあるため、取締役会全体のまとめ役となる取締役は、企業経営のスキルを保有しているほうが良いでしょう。
マーケティング・営業
マーケティングや営業のスキルは、売上の確保や利益の向上を目指すうえで欠かせない能力です。
経験を積むほどスキルも高くなるため、自社取締役だけでなく、外部からヘッドハンティングで人材を獲得することも多くなります。
財務・会計
財務や会計のスキルは、適切な資金調達を実現するために重要な役割を果たします。大規模な設備投資などを行うときには、経営状況を踏まえて資金調達できるか否かによって今後の方針が大きく変わります。
また、不正会計を防ぐことも重要な仕事です。そうした企業の会計におけるコンプライアンスを遵守する役割も持っているため、企業の金庫番といえます。
IT・デジタル
近年は、企業経営をしていく中でIT・デジタルのスキルが必須となっています。デジタル社会の到来によって、デジタル技術なしでは企業の発展を見込むことができないといっても過言ではありません。
ITを活用することで、生産性の向上にもつながるため、IT・デジタルのスキルを保有している専門家が取締役会にいることは大きな武器となるのです。
労務・人材開発
ヒト・モノ・カネ・情報は企業の大切な経営資源です。その中でも最も大きな経営資源である人材の確保は、企業の今後の発展に大きく影響します。企業が欲する人材を獲得し、期待したとおりのスキルや成果を上げながら企業の発展に貢献してくれる人材を探すことが大切です。
ただ、人材を多く確保すればするほど、労働関連の法令に関するコンプライアンス違反の問題が出てくる可能性も高まるので注意が必要となります。
法務・ガバナンス
企業のコンプライアンス遵守が非常に重要とされている現代では、リスクマネジメントとして法務に長けた人材が不可欠です。取締役のメンバーに法務やコンプライアンスのスペシャリストがいれば、リスクマネジメントに役立ちます。
コンプライアンス違反や法令違反は、企業にとって大きなマイナスイメージとなってしまうため、リスク管理については特に気を付けておかなければなりません。
グローバル経験
グローバルに関する経験は、日本を飛び出して世界に販路開拓を計画している企業には必須です。グローバル経験を持っている人材は、同時にマーケティングやファイナンスのスキルを持っていると、取締役として非常に重宝されます。
業種に応じた特有の項目
スキルマトリックスには、どの企業に必要なスキルに加えて、その企業の事業内容に沿う「オリジナル項目」を追加することで、より効果的なスキルマトリックスになります。
たとえば、製造業であれば「製造・技術・研究開発」などを追加すると良いでしょう。ほかにも、自社ならではの必要とするスキルがあれば追加しておくことをおすすめします。
時事テーマに関する項目
社会情勢を見ながら、社会的に関心の高いテーマを取り入れるのも有効です。最近であれば、ESG・サステナビリティやDX(デジタルトランスフォーメーション)などがあります。詳しくは、次項で紹介します。
ESG・サステナビリティ
ESG・サステナビリティは、企業が中長期的・持続的な成長・発展を続けていくために有用なものです。企業の社会的責任にも関わる項目なので、この分野に長けた人材を確保しておくことも必要となります。
DX(デジタルトランスフォーメーション)
業務効率の改善や生産性の向上が企業に求められている今、デジタル技術による革新的な改革を担当する人材は、会社の将来を考えるうえでは非常に重要です。デジタルのスキルや知見に長けた人材の確保は、多くの企業にとって優先すべき課題のひとつだといえるでしょう。
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スキルマトリックス作成・公開時の注意点
スキルマトリックスを作成・公開するときにはいくつかの注意点があります。ここでは、4点の注意点について解説します。
スキルレベルを担保すること
取締役の個性・特徴を明確化するために、一定以上の高度な水準に到達している項目のみ保有スキルとして認定することが必要です。企業の信頼を担保するためでもあるので、基準を設定するときには注意しましょう。
取締役保有スキルの根拠を明示すること
スキルマトリックスの内容に説得力を持たせるに、客観的な情報によってスキルの水準を裏付ける必要があります。
一部のケースを除き、スキルマトリックスは自己評価や自己申告をもとに作成するのが基本ですが、より信頼性を担保するためには裏付けが必要です。
たとえば、「過去および現在の所属先企業、団体」や「ビジネス上の具体的な成果」、「保有資格」を明記するなどが考えられます。
上記のような「スキルの裏付け」があれば信頼の獲得にもつながるのです。
昇格予定の取締役も留意すること
現取締役会メンバーが退任し、後任が就任した際の全体像をあらかじめイメージするために、昇格予定の取締役のスキルマトリックスも作成しましょう。
将来の取締役会を想定するので、既存の取締役および未来の取締役候補が、今から磨いておくべきスキルがわかるのも大きなメリットです。将来のスキルマトリックスを作成することで、弱みや課題も浮き彫りになり、外部取締役を招くか否かの判断が可能となります。
社内用と外部公表用の2種類を準備すること
スキルマトリックスは、社内担当者と外部関係者の視点によって、重視したい内容が異なるため、内部閲覧用と外部公表用の2種類を用意しましょう。
社内用のスキルマトリックスは、企業における「組織力強化」のツールとしてのウェイトが高いです。そのため、各自が持つスキルの有無や、各スキルの「保有レベル」を表現するとよりわかりやすくなります。
外部公表用のスキルマトリックスは、企業の全体的な保有スキルを記載することで、一目で現状が把握できます。さらに、昇格予定の取締役のスキルマトリックスも作成するなど、将来を予想できる内容にするとより良いでしょう。
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スキルマトリックスの開示企業の事例
スキルマトリックスを開示している企業の実例について見てみましょう。出光興産株式会社と株式会社資生堂が開示しているスキルマトリックスを紹介します。
出光興産株式会社
石油の精製や販売を主に行っている出光興産株式会社のスキルマトリックスは以下のようになっています。
経営戦略 | 法務 | 財務 | 国際ビジネス | デジタル | 環境 | 人材開発 | 営業 | 製造 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ● | ● | ● | ● | ● | ||||
2 | ● | ● | ● | ● | |||||
3 | ● | ● | ● | ● | |||||
4 | ● | ● | ● | ● | |||||
5 | ● | ● | ● | ● | |||||
6 | ● | ● | |||||||
7 | ● | ● | ● | ||||||
8 | ● | ● | ● | ||||||
9 | ● | ● | ● | ● | |||||
10 | ● | ● | ● | ● | |||||
11 | ● | ● | ● | ● |
出光興産株式会社は、経営戦略に長けた取締役が非常に多いため、安定した経営が期待できます。しかし、製造に関するスキルを持った取締役が1名しかいないため、複数の視点から製造について考えることができるような体制を検討する必要があるかもしれません。
また、国際ビジネスに長けた取締役はデジタルにも長けている場合が多いので、国際ビジネスとデジタルを掛け合わせたビジネスに向かう場合には非常に有用です。
株式会社資生堂
化粧品メーカーである資生堂のスキルマトリックスは以下のとおりです。
経営・国際 | マーケティング | ESG | 法務 | 財務会計 | |
---|---|---|---|---|---|
1 | ● | ● | ● | ||
2 | ● | ● | |||
3 | ● | ● | ● | ||
4 | ● | ● | |||
5 | ● | ● | ● | ||
6 | ● | ● | |||
7 | ● | ● | ● | ||
8 | ● | ● | |||
9 | ● | ● | ● | ||
10 | ● | ● | ● | ||
11 | ● | ● | ● | ||
12 | ● | ● | |||
13 | ● | ● |
資生堂は、経営や国際戦略に長けた取締役が多く、安定した経営に向けて進むことができるといえます。国際的な販路拡大にも強い企業です。
一方で、法務に関しては、ほかのスキルに比べてスペシャリストが少ないため、リスクマネジメントについては慎重に検討する必要があるかもしれません。
このように、企業の取締役会のスキルマトリックスを見れば、その企業が何に力を入れていて、今後は何が課題となり得るのか、もっと強化すべき点はどこなのかなど、一目で分かります。
企業の現在やビジョンを知る上でも、株主やステークホルダーにとってスキルマトリックスが有効に活用できるため、ぜひスキルマトリックスの開示を検討されてはいかがでしょうか。
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まとめ
今回は、スキルマトリックスの有用性や作り方、実際の企業のスキルマトリックスの事例について紹介しました。
取締役のメンバーがどんなスキルを持っているか、今後企業はどの方向に進んでいくのかは、スキルマトリックスを見れば一目瞭然です。株主やステークホルダーにとっても非常に有益な情報となりますので、スキルマトリックスの作成を検討されてはいかがでしょうか。
そのうえで、新たな取締役を取締役会に入れたいという場合は、社外取締役を入れるという方法もあります。企業が欲しいスキルを持った人材をダイレクトに獲得できるので、弱い部分を補いたい企業にはおすすめです。
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最後までお読みいただきありがとうございます。
この記事を書いた人
共同創業者&取締役COO 土岐 彩花(どきあやか)
慶應義塾大学在学中に19歳で起業し、2社のベンチャー創業を経験。大学在学中に米国UCバークレー校(Haas School of Business, University of California, Berkeley)に留学し、経営学、マーケティング、会計、コンピュータ・サイエンスを履修。新卒でゴールドマン・サックス証券の投資銀行本部に就職し、IPO含む事業会社の資金調達アドバイザリー業務・引受業務に従事。2018年よりSOICO株式会社の取締役COOに就任。ベンチャー企業から上場企業まで、年間1000社近くの資本政策や組織運営の相談に乗る。特にストックオプションを始めとする株式報酬制度の導入支援を専門とする。