COLUMN
コラム
人的資本の情報開示例|情報開示のための手続き・国内企業の開示例について解説
執筆者:茅原淳一(Junichi Kayahara)
コーポレートガバナンス・コードの基本のキ
~概要と基本原則を解説~
コーポレートガバナンス・コードの「基本的な概要」と「基本原則」にフォーカスして紹介
別のコラムにて人的資本の開示について取り上げましたが、実際にどのように企業が人的資本に関する情報を開示しているのかあまり知られていないという実情があります。
この記事では、人的資本開示を実施している企業を例に詳しく説明をしていきます。
人的資本経営については、こちらに記事もご参照ください。
⇒ISO30414とは?注目された背景・目的・具体的内容・情報開示のポイントを解説
⇒人的資本経営とは?注目される背景・重要な3つの視点と5つの要素について解説
⇒人的資本投資とは?重要性を増す背景・メリット・取り組みのポイントについて解説
⇒人的資本開示の義務化とは?情報開示のポイント・開示が求められる領域について解説
⇒人的資本経営コンソーシアム|組織の概要・設立同期・発起人が属する企業について紹介
⇒人的資本ROIとは?概要・情報開示を実施している企業の事例について解説
目次
人的資本開示とは
人的資本開示は、企業が自社における人的資本の情報を外部に公開することを指します。
日本では、「有価証券を発行している企業」のうち大手企業4000社が人的資本に関する情報を開示する対象となり、有価証券報告書に女性管理職比率や男女間賃金格差など人材育成やダイバーシティに関する7分野19項目の情報を記載することが義務づけられています。
元々、人的資本は、知識やスキルなどの付加価値を生み出す資本として定義されています。技術の進化が急速に進む現代において、人的資本は代用できない価値や利益をもたらす新たな資本として注目を浴びています。
人的資本への投資を行い、個々の個性を十分に育む環境を整備することで、長期的な社員のモチベーションの向上と優秀な社員から生まれるイノベーションが期待され、ゆくゆくは経済的な利益にも寄与する可能性が十分にあります。
人的資本経営・人的資本投資については、こちらの記事もご参照ください。
⇒人的資本経営とは?注目される背景・重要な3つの視点と5つの要素について解説
⇒人的資本投資とは?重要性を増す背景・メリット・取り組みのポイントについて解説
人的資本の情報を開示するための手続き
実際に人的資本の情報を開示するための手続きについて、これから本格的に情報開示を推進する企業と情報開示の取り組みが進んでいる企業の2つの場合に分けて解説していきます。
これから情報開示を推進する企業の場合
これから情報開示を推進する企業の場合における情報開示までの手続きについて具体的に説明をしていきます。
人的資本の情報開示を行うには、最初に社内の人的資本の現状を適切に把握することが重要です。HRテクノロジー(※人事・労務分野で利用されるシステムやアプリ)などを利用すれば、より的確に計測環境を整備できます。
従業員満足度調査などを利用しながら人的資本の状況を数値化し、できるだけ正確に現状把握を行うことが大切です。
前年の人的資本の状況と比較し、どれ位改善ができているか、取り組みの成果はどの程度効果があったのかなどを定量的に数値化し、継続してPDCAサイクルを回していくことが重要です。可能な限り詳細に分析できる従業員満足度調査を活用し、その結果を戦略に活かすことをお勧めします。
社内の人的資本に関わる情報を整理したら次に、KPIや目標の設定をしていきます。自社の戦術や人事施策を踏まえながら具体的に目指したい理想の姿を設定します。
人的資本の情報開示で重要なポイントは、現在地と理想の差異を考慮した施策を行うことです。情報を集めて目標を設定しても、それが目指したい理想の姿や解決すべき課題に結びついていなければ、求めている成果を得ることはできません。
常に理想と現状を対比し、その差異を埋めるために適切な取り組みを行っていくことが大切です。継続して一定の理想や理念を元にした施策を行うことで、ステークホルダーに対して自社の取り組みについて説得力のある説明をすることができます。
情報開示の取り組みが進んでいる企業の場合
情報開示の取り組みが進んでいる企業は、情報の開示後、投資家から伺った意見を改善や成長のための重要な情報源として、今後の施策に取り入れていくことが重要です。
自社の人的資本に関する取り組みを公開することは、ステークホルダーとコミュニケーションを取る重要な機会でもあります。積極的にステークホルダーからの指摘やフィードバックを受け入れ、それを元に自社の取り組みを改善していくことが大切です。
以前から人的資本の情報開示を実行している企業は、自社のビジョンや指標を公にし、それに基づく施策を実施していくことが求められます。
人的資本開示を実施している企業の例
人的資本開示を実施している企業を紹介いたします。
・双日株式会社
・株式会社丸井グループ
・旭化成株式会社
・第一生命ホールディングス株式会社
・株式会社荏原製作所
・株式会社日立製作所
・オムロン株式会社
・カゴメ株式会社
双日株式会社
双日株式会社は、「多様性」と「人材」について情報を公開しています。
多様性に関連する取り組みとして、2019年から全社を巻き込んで行っている「発想×双日プロジェクト」を始め、ダイバーシティの促進や若手人材を海外に派遣するなど、多様な人材の活用を進める取り組みを行っています。
多様性に関連する取り組みの成果として、女性執行役員の登用や女性社員比率の目標、女性活躍関連目標について、中長期の定量的な目標を時系列で表したものを開示することを掲げています。
人材については、ジョブ型雇用の新会社設立、独立・起業支援制度、双日アルムナイ(自社の退職者)の設立、経営人材の育成に関する取り組みを有価証券報告書にて情報開示しています。
ジョブ型雇用については、こちらの記事もご参照ください。
⇒ジョブ型人事制度とは?ジョブ型が注目される背景と導入パターン・事例を徹底解説
株式会社丸井グループ
丸井グループの人的資本開示の特長として「手挙げの文化」があります。
この文化を定着させるために様々な施策に長年取り組まれ、自ら手を挙げて参画した社員の割合は全社員の82%に達しています。
中期経営会議だけでなく、プロジェクトやイニシアティブ、社外のビジネススクールへの派遣、次世代経営者育成プログラム、新規事業なども手挙げ制にしています。
また、昇進試験や「グループ間職種変更異動」などもすべて手挙げ制で行われています。
旭化成株式会社
旭化成株式会社では、基本的な情報のほかサステナビリティ(持続可能な社会の実現)への取り組みを押し出した情報を開示しています。「環境貢献事業の推進」と「健康・長寿への貢献」をサステナブルな社会形成の取り組みとして積極的に行っています。
多くのデータを経年開示しているため、目標に近づいているのか、停滞しているかがはっきりと分かるという特徴があります。
メンタルヘルス不調による休業者率、デジタルプロフェッショナル人財総人数、ラインポスト及び高度専門職における女性の占める割合の各指標を役員報酬に連動させると開示しています。
近年では、こういった非財務指標を役員報酬に取り入れる開示が増加している傾向があります。
役員報酬については、こちらの記事もご参照ください。
⇒役員報酬とは?どのくらいの額が適切?知っておくべき基礎的知識を徹底解説
⇒役員報酬は相場はいくら?資本金別・従業員数別・業種別に徹底解説!
⇒役員報酬の決め方とは?手続きや注意点について徹底解説!
第一生命ホールディングス株式会社
第一生命ホールディングス株式会社は、「SDGs」と「経営」と「人材」と「多様性」について情報を公開しています。
この中で、人的資本に関連する取り組みについては、女性や障がい者などの活躍によるダイバーシティの推進、人材制度の抜本的な改定、従業員満足度の追求などがありました。
また、2022年3月期の「有価証券報告書」にて、女性管理職比率、海外従業員比率、男性育児休業取得率、障がい者雇用率といった人的資本情報を開示し「人材への投資方針」として、能力開発やワークライフマネジメントに取り組んだことを公表しています。
「ライン部長およびラインマネジャー級の管理職における女性比率30%」を2024年4月までに達成するという目標も掲げています。
株式会社荏原製作所
株式会社荏原製作所は、グローバルエンゲージメントサーベイ(従業員満足度)スコアや海外事業所の主要ポストにおける現地従業員比率などのグローバル展開を実現する人材戦略に取り組み、独自の人的資本情報を公表しています。
若手研究者を外部機関で育成するオープンイノベーション施策や、SNSでアルムナイ(自社の退職者)との関係を維持して人材獲得を促進する施策など育成の取り組みとして行っています。
株式会社日立製作所
株式会社日立製作所は、サステナビリティ目標を達成するために、人的資本を重要な要素と位置づけ、人財として強化し、顧客と社会に価値を提供する方針をレポートで公表しています。
この人財戦略において、多様性、グローバル人財、デジタル人財などに関する人的資本情報を開示しています。
役員における女性や外国人の比率や国内および国外のデジタル人財数、従業員エンゲージメントスコアなどが含まれます。
オムロン株式会社
オムロン株式会社は、「経営」と「人材」と「多様性」について情報を公開しています。オムロンは、企業理念の実践を目指し、リーダーの育成と登用、多様で多彩な人材の活躍という2つの柱を持つ人材戦略を展開しています。
独自の従業員満足度調査を導入し、自社の課題と現状をモニタリングしています。また、分析結果に基づいて環境改善を図る取り組みについて公開しています。
さらに、少子高齢化が進む中、10年後を見据えて人的資本の強化を目指し、中長期的な視野で企業価値の向上を目指す人的資本のプロセスを可視化しています。
企業理念である「よりよい社会を作る」ため、各従業員の取り組みを称える制度「TOGA (The OMRON Global Awards)」における「エントリー件数」や「参加人数」といった情報を公開しています。
リーダーの育成において、「海外の重要ポジションに現地採用者が占める割合」や、従業員満足度調査の「回答率」と「コメント数」などを開示しています。
カゴメ株式会社
カゴメ株式会社は「多様性」と「人材」に関する情報を公開しています。
女性の活躍を推進するダイバーシティの実現や年間労働時間を1800時間以内に抑えるといった従業員の人権に対する配慮や従業員一人一人の心身の健康促進など多様性を重視した取り組みを展開しています。
これらの取り組みの成果として、女性活躍の推進に関する目標と実績、年間総労働時間の推移、特定保健指導の実施率や高ストレス者の割合の推移状況などの項目を情報開示しています。
まとめ
ここまで、国内で人的資本開示を実施している企業の取り組みについて詳しく解説してきました。
本記事が、ベンチャー・スタートアップ企業の経営者・ガバナンス・人的資本に関する担当者の方のご参考になれば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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この記事を書いた人
共同創業者&代表取締役CEO 茅原 淳一(かやはら じゅんいち)
慶應義塾大学卒業後、新日本有限責任監査法人にて監査業務に従事。 その後クレディスイス証券株式会社を経て2012年KLab株式会社入社。 KLabでは海外子会社の取締役等を歴任。2016年上場会社として初の信託を活用したストックオプションプランを実施。 2015年医療系ベンチャーの取締役財務責任者に就任。 2018年よりSOICO株式会社の代表取締役CEOに就任。公認会計士。